未来のサッカー選手の方、その家族の方、こんにちは。
モアフトの人です。
今回も私のちょっと波乱万丈なサッカー人生について書いていこうと思います。
【第3章】を読んでない方は、是非こちらから読んでいただけると嬉しい限りです。

サッカーに全力で取り組めない日々。
グロインペイン症候群を発症してからの日々は、サッカー云々より、
いかにして痛みを気にしないようにプレーできるか、にいつの間にかなっていました。
実際、サッカーをプレーしている時は、アドレナリンが出ているので、
そこまで痛みはありませんでした。
というより、本当は相当の痛みがありましたが、焦りやプレッシャーから
感じることがなかったのかもしれません。
その分、練習が始まる前や終わった後は、激痛でしたね。
ピークの時は、くしゃみや咳をするだけで激しい痛みを伴っていましから。
朝起きるときも、仰向けの状態では、起き上がることもできなかったです。
腹筋運動のような動作をすれば、股関節周辺に思わず声が出るほどの激痛。
もう絶対にあんな痛みは経験したくないです。
現在は、だいぶ軽い症状でとどめることができてます。
この状態まで治していくまでにどれほどの時間がかかったことか。
普通だったら、即プレーを中止し、リハビリをするべきだったんですが、
このタイミングでリハビリ組に入れば、おそらくまた、Bチームに逆戻りだったことが目に見えていた
私は、だましだましプレーすることにしたんです。
練習、試合を含め、一週間の内、6日はプレーしていました。休みの日は、
グロインペイン症候群について詳しい整形外科に通い、治療と
リハビリテーションをしてもらうというルーティーン。
先生からは、
「本当は今すぐにでも、プレーを中止して、しっかりとリハビリをしなければ、一生つきまとう怪我になる。」
そう言われました。
それでも、プレーを続けてしまった私。
それが、一番してはいけなかった決断でした。
この決断によって、以降、この痛みが完全に消えることはありませんでした。
タラレバになってしまいますが、
もっと色々と調べていたら、もっと、周りの意見を聞いていたらこんなことにはならなかったと思います。
人生の中でも、「失敗したなー。」と思う決断です。
まるでレベルが違ったTOPチーム。
何故自分が痛みと共にプレーしてしまったのか、
今の自分には、よくわかります。
「ここで休んだら、このレベルに追いつけない。」
「このレベルに追いつけなければ、そもそもプロになることなんて絶対にできない。」
もう焦りしかなかったんだと思います。
とにかくBチームとはレベルが違った。同期はともかく、1,2学年上の先輩が
半端なかったっす。
トップチームの公式戦は、部員全員が見に行かなければならない決まりでしたので、
客観的に試合を見ながら、
「あーうめえなー。」
こんな感じでした。先発で出ている選手は、かなりうまかったですが、一緒にプレー
したこともなかったので、心の中で、
「今でもワンチャン、自分もTOPチームの選手と互角にプレーできるんじゃないか。」
そう勝手に思っていたんでしょうね。
ノーチャンでした。そんなこと思ってた自分が情けなさ過ぎて、
TOPチームの選手に失礼すぎて、勝手に謝ろうかとも思いました。(笑)
強烈すぎた個の集団。

私が所属していた大学サッカー部は、現在でもJリーグで活躍している選手が何人もいます。
毎年のようにプロサッカー選手が輩出されます。
それもそのはず。
前所属チームは、Jユースに所属している、または強豪校で、高校1年の頃からレギュラーとして活躍している選手ばかりでしたから。
中にはアンダー世代の日本代表に選ばれた選手もたくさんいました。
そんな強烈な個の集団にいきなり飛び込んだ、私。
あまりのレベルの違いに、私自身も驚きましたが、周りの選手も
逆に私の下手さに驚いていたんじゃないですかね。
ボール回しでは、いつも真ん中の鬼になってました。
そのおかげで、知らない間にディフェンススキルあがってましたわ。
そして、今後も絶対忘れない出来事があります。
ある練習でのこと、選手Aがかなり至近距離からかなりの弾丸パス、
しかも浮き球でパスを出してきたんですね。
それはもう足にクッションか、磁石でもついてないとトラップできる
わけがないボールですよ。
それか、ゲームの中の選手たちしかトラップできないようなパスです。
案の定、トラップミスした私。(なんか違う選手が上手く拾ってくれてダイレクトパスみたいになりましたが。)
パスを出してきた選手A(同期)が私に向かって一言。
「なんでそのパスがトラップできないの?」
言われた瞬間、私のの頭の中も?だらけでした。
「逆になんでそんな考えになるの?」
心の中で、かなり純粋に思いました。
そこから、彼は本当にあんな球をトラップできるのか?
そう思いながら、家路についたことは今でも覚えています。
自称かなり負けず嫌いな私は、ふつふつと怒りが湧いてきます。
「いや、絶対トラップでできひんやつやん。」
「なんならパスみすったやろ、あれ。」
「そんなん全集中して日の呼吸使ってる炭治郎でも無理やん。」
※この漫画は当時まだありません。多分。
そこで、ちょっとしたやり返しをしてやろうと企てた私は、
ボール回しの練習の際に、わざと選手Aと同じ組になり、同じようなパスを
出したんですね。選手Aに。
至近距離、弾丸パス、しかも浮き球。

ふっふっふ、あんなセリフを俺に言ってきたこと後悔しろ!
(かなり速いパスを出す。)

(普通にトラップ。足元にストン。)

What the hell⁉⁉
そこから私は、選手Aを師匠と呼ぼうか迷いましたがが、やっぱなんかむかつくし、
呼びたくないし、イケメンだし、そもそもあれだし、しかもあれだし、、、
呼びませんでした!(笑)
とまあ、明らかにレベルの違いが如実に表れていたんですね。
大学生になって、絶望する回数がかなり増えましたね。
大学2年の夏、あと2年半、果たして私は、このレベルに追いつき、
プロになれるのだろうか。
葛藤しました。ですが、それよりも、
「この環境にいれば、確実に自分もうまくなる。」
そういう感情も出てきたことは事実です。
今日はここまでにします。また次回読んでいただけると泣きはしませんが、嬉しがります。
では!


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